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「浅草七福神めぐり」から見えてくる江戸の町(ENEX、待乳山、真乳山、今戸橋、山谷堀)

この2015年1月は親戚の集まりに始まり、日本乳業協会に関連した「牛の会」の散策と新年会などがあり、慌ただしく過ぎた感がある。
一昨日29日は、知人とビッグサイトで開催されているENEX2015を見に出かけた。2年ぶりであったが、新電力、再生可能エネルギー、エネルギーソリューションのブースがあり、電力自由化とガス自由化に向けた新たな対応を感じさせるものであった。
「牛の会」は昭和24年の丑年生まれを中心としたジジババの集まりであり、3年前の松の内の「小江戸川越の七福神めぐり」と同様に、17日は「浅草七福神めぐり」の散策があった。
1週間前に下見をおこなった主宰者の綿密な計画どおり、銀座線の浅草駅改札に12:00集合し、浅草寺を中心に時計と逆方向に七福神めぐりをし、浅草寺西参道の江戸下町料理と称する割烹理屋で新年会をして、18:30に浅草駅改札で解散した。
浅草の街の外周を大きく廻って、その寺社の数の多さに驚いたが、江戸時代末期の地図から、江戸城の北東部に寺社を集めた江戸の都市構造が見えてくる。
<江戸切絵図の浅草絵図(赤色の部分が神社仏閣)聖天社=待乳山聖天、八幡=今戸神社、神明=石浜神社、鷲明神=鷲神社>
「浅草七福神めぐり」から見えてくる江戸の町(ENEX、待乳山、真乳山、今戸橋、山谷堀)_e0223735_1832017.jpg

招き猫の今戸神社と酉の市の鷲神社は、テレビに良く取り上げられるので承知していたが、それ以外の七福神を祭っている神社は初めての出会いであった。どの神社もその由緒伝来を読ませていただくと、信仰対象としての長い歴史に自ずから納得せざるを得ない。
<東京スカイツリーからの写真:2013年4月22日撮影>
「浅草七福神めぐり」から見えてくる江戸の町(ENEX、待乳山、真乳山、今戸橋、山谷堀)_e0223735_18142152.jpg

この中で浅草神社の次、3番目に訪れた待乳山(まっちやま)聖天は小高い山の上にあった。
山の手台地の端にある上野の山を下ると、隅田川に向かって浅草寺のある低湿地帯が広がっており、ここだけが高かった。ここは、富士山と筑波山を眺める名所でもあったそうで、江戸後期の浮世絵師、歌川広重が隅田川から見た真乳山(待乳山)と山谷堀にかかる今戸橋の風景を描いている。
<歌川広重の浮世絵:真乳山と今戸橋>
「浅草七福神めぐり」から見えてくる江戸の町(ENEX、待乳山、真乳山、今戸橋、山谷堀)_e0223735_1814547.jpg

山谷堀は今では暗渠になっており、今戸橋が残されている。ここから上流の吉原に向かって桜が植えられた日本堤と呼ばれる土手道があったという。
現代の地図には待乳山に三角点の表記があり、9.7mと記されている。この10mに満たない山であるが、下の駐車場と上の拝殿を結んで、5人乗りのモノレールが設置されている。低地部の明治時代からの地盤累積沈下量は最大4.5mであることから、江戸時代の待乳山の標高は14mとなる。
浮世絵は実際より誇張して描く傾向にあるが、この広重の浮世絵は誇張してはいないように感じる。
<夜の浅草寺と東京スカイツリー>
「浅草七福神めぐり」から見えてくる江戸の町(ENEX、待乳山、真乳山、今戸橋、山谷堀)_e0223735_1862743.jpg

18時を過ぎると浅草寺は仲見世もほとんだが閉まり、昼間の雑踏がうそのようである。
散策当日は浅草の町を堪能したが、数日後からは江戸時代の町を垣間見ることが出来た。

by ecospec33 | 2015-01-31 18:15 | ●プライベート