人気ブログランキング |

閉鎖的組織がリスクを生む(原子力村、永田町、霞が関の論理、日本乳業協会、清涼飲料工業会)

福島第一原発事故は「原子力村」と呼ばれる政財官と産官学の閉鎖的な組織が生んだと言われている。一向に解消されない学校でのいじめ問題も、世間知らずな教育界の閉鎖的な組織が生み出していると言っても過言ではないだろう。
閉鎖的な社会を維持するために、村八分とよばれるような掟と組織が必要であったが、多種多様な情報が交錯する個人の権利が強くなった現代では、このような閉鎖的な組織が通用しなくなった。

政治の世界は、いまだに「永田町の論理」がまかり通り、また経済の世界も、経団連などの財界の閉鎖的な論理で切り抜けようとうする。
国民の圧倒的な声に、連合を支持母体に持つ民主党と政府は原発ゼロを政策に組み込みつつあるが、財界が支持母体である自民党は容易に判断を下すことは不可能である。
衆議院の解散が近い中で、老齢の政治家と政治評論家は政治のポピュリズムを憂い、日本維新の会の躍進をけん制する。また、財界は原発ゼロに反対し、政府・与党に対して原発ゼロでの経済発展があるかを証明せよと求め、また自民党の政権奪還を承知で、次期衆院選では原発ゼロ問題を争点にさせてはならないと公言する。
官僚は「霞が関の論理」で動き、事務次官会議を止めさせるなど政治主導と脱官僚を目指した政府・与党に対して非協力的であり、震災復興と政治の停滞に乗じて縦割り予算の確保という権力維持に終始しているように見受ける。
政財官の閉鎖的な組織構造は、原発事故後も健在であると言ってよいだろう。しかしながら、国民は政治、経済、官僚の世界における政治家、財界人、官僚の一挙手一投足をも監視できるようになっており、それを継続することは出来ない。

このような閉鎖的な組織は日本国内のあらゆる場所に存在している。
財界>業界>企業、全てに閉鎖的な組織が組み込まれている。
食品業界内で閉鎖性を論じるならば、日本乳業協会は清涼飲料工業会に比べて閉鎖的である。乳業協会は事業仕分けで補助金が全くなくなったにかかわらず、高給取りの厚生労働省と農水省の天下りを受け入れ続けているが、飲料工業会は7年ほど前に仕事をしない農水省の天下り役人の首を切っている。これに加えて会員および行政への情報発信力の相違から組織の閉鎖性を見極めることが出来る。
食品企業については、世界に進出している企業ほど閉鎖的でないと言えるだろう。味の素、キリン、
アサヒ、コカコーラなど環境対策などでお世話になったが、求める情報に対して的確にご提供いただき参考とさせて頂いた。それに比べて乳業会社は業界団体と同様に閉鎖的である。明治は自己主張の強い世間知らずの憎まれ小僧、森永は発信力のない紳士、雪印メグは落ちぶれた官僚といったところであるが、どちらにして農水省と酪農制度に守られているという前近代的な雰囲気が拭えない。
閉鎖的組織がリスクを生む(原子力村、永田町、霞が関の論理、日本乳業協会、清涼飲料工業会)_e0223735_929022.jpg
そのような企業の内部が開放的であろうはずもないだろう。
業務とは全く関係のない上司の転居の手伝いを命令するなど、まるで徒弟制度のような組織、結婚式の出席予定者にいちゃもんをつけ、葬式には大勢駆けつけさせるように仕向け、異常なほどの仲間意識を植え付けさせる組織、その一方で仲間の自殺未遂には三猿のように我関せずを決め込む組織、仕来たりとしがらみを助長させる組織も多く残っているはずである。

発展が見込めない閉塞感のある組織ほど、このような傾向が強くなる。みんなで渡れば怖くない、なれ合いの仲良しクラブ的な閉鎖的な組織には「原子力村」と同様なリスクが潜在する。
閉鎖的な組織を個性だけで片づけてはならないのである。瀕死の樹木に気味の悪いキノコが生える。キノコが生えてからの生還はあり得ない。

by ecospec33 | 2012-09-12 09:30 | ●CSRと環境対策  

<< 厳しい残暑が続く(哲学堂、平林... 容器包装リサイクルの推進(3R... >>